「職人という仕事は、いつかなくなる」だから“選ばれる職人”を育てる——新日本電装株式会社 代表取締役 木葉大助
広島市西区。電気、空気、水。暮らしの「当たり前」を支える設備工事の会社がある。中卒で、18歳まではふらふらしていた。車がほしくて、たまたま入ったのが電気工事の現場だった。それから十数年。自ら会社を立ち上げた木葉大助さんは、この業界の未来について意外な予言をする。「職人という仕事は、いつかなくなる」。その言葉の真意を聞いた。
電気と空気と水が通るものなら、何でも
――まずは会社と事業内容について教えてください。
新日本電装株式会社の代表取締役、木葉大助です。広島市西区で住宅の設備工事をやっています。建設業の許可でいうと電気工事業と管工事業。それと広島市の指定水道工事店です。電気と空気と水が通るものなら、何でもやらせてもらっています。
――会社を立ててから何年になりますか?
法人化して7期目に入ったところです。
――いま一番多い仕事は何ですか?
お客さんは不動産管理会社が多いですね。入居者さんの緊急対応です。電気が使えない、水が出ない、エアコンが動かない。そういうときに僕らが出動して解決する、という仕組みです。

中学卒業後ふらふら、そして「車が欲しい」
――木葉さんご自身の経歴を教えてください。
広島県安芸郡府中町の出身です。広島生まれ、広島育ち。学歴は中卒です。高校には一瞬入ったんですけど、やめてしまって。18くらいまではふらふらしていました。
18のときに「車が欲しいな、それにはお金がいるな」と思って、たまたま入ったのが電気工事の会社。それが建設業界との出会いです。そのままなんとなくずるずる続けて、途中で浮気もしました。5年くらいして訪問販売の会社に入って、営業をやっていたこともあります。結局また建設業界に戻ってきて、そこから独立しました。
独立の理由? お金と、社長との折り合いです
――会社を立ち上げるまでの経緯は?
父親も建設関係だったので、「仕事といえば建設」というイメージはずっとありました。でも最後の決め手は、お金が欲しかったこと。それと、最後にいた会社の社長と折り合いが悪くなったこと。理由はそれです。
飯を食うのに必死だった
――7期の中で、一番印象に残っている場面は?
印象に残っているシーン……。とにかく飯を食うのに必死だったので、しばらくはずっとそんな感じでしたね。
――いま、メンバーは何人ですか?
会社は4人でやっています。事務員が1名と作業員が2名です。

売上7000万から、まず1億へ
――これからの目標を、数字も含めて教えてください。
売上はいま7000万円くらいの規模なので、まずは1億です。
現場作業員6人、3億6000万。そこが僕の“努力の限界値”
――社員はどこまで増やしたいですか?
うちの場合、現場作業員が6人くらいになったとき、だいたい3億6000万くらい。それが僕のやりたいことであり、努力の限界値かなというイメージです。あとは職人が4人くらい育ってくれたらいいなと思っています。
あれもこれもできるほど器用じゃない。でもリスクヘッジは張っておく
――その段階で、どんな仕事を軸にしていたいですか?
設備工事がこれからも軸です。多角的な経営ができるほど器用なタイプではないので。ただ、リスクヘッジはしないといけない。張るべきところには張っておかないといけないと思っています。基本は今のお客さんを大事にして、仕事をきっちりやっていきたいですね。

職人という仕事は、いつかなくなる
――社会の中で、どんな役回りを担っていきたいですか?
AIがあろうがなかろうが、職人という仕事はいつかなくなると僕は思っています。
たとえば家を建てたいお客さんがいて、家を売りたいメーカーがいる。その間に入るのが職人です。ここは人のストレスが生まれやすいんですよ。お客さんは「こんな家を建てたい」、メーカーも「こんな家を売りたい」。でも僕らは「ここにこの家は建てられませんよ」「ここにこれは付けられませんよ」と言わないといけないときがある。僕らが悪いわけじゃなくて、技術的に無理なんです。
仕事って誰かが誰かのストレスを取るものですけど、このストレスはみんな無くしたいわけです。そうなると、メーカーは工事のいらない製品を作るし、お客さんも工事のいらない製品を買う。エアコンだって、工事不要で買ってすぐ開けて使えるものがあればメーカーは作るし、お客さんもそれを買って帰るでしょう。そうなれば職人は必要なくなる。
今すぐそんな時代が来るわけではないですけど、いずれは来ると思っています。
だから「選ばれる職人になれ」と言い続ける
だからこそ、従業員には「選ばれる職人になれ」と言っています。とにかく技術。技術、技術、技術です。

実務経験を重ねながら稼げる環境づくり
――求人でアピールしたいポイントはありますか?
この間びっくりしたんですけど、うちの従業員の先月の給与明細に「51万何千円」と書いてあったんです。実務経験が積めて、ちゃんと稼げる。そういう環境にしていきたいですね。
――独立を考えている人も来そうですね。
独立させないのは、僕の懐の問題だと思っています。
「ここ出身なら間違いない」と言われる会社に
――会社を育てていくうえで、大切にしたい思いは?
広島市の仕事も少しずつ割合を増やしています。もうひとつは、2024年を境に、この業界の担い手が一気に減ってしまったこと。そこを少しでも下支えしたいんです。うちから巣立った人がどこへ行っても活躍できる。そんな技術者を育てたいと思っています。

変化がないより、変化があるほうがチャンスはある
――最後に、広島のチャレンジャーたちへ一言お願いします。
広島は人口流出が一番多い県です。でも、変化がないよりも変化があるほうが、絶対にチャンスはある。
その中にきっとチャンスはあると思います。広島をぜひ、みんなで盛り上げていきたいですね。
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