「その瞬間しかない誰かの思いを、届けたい」——ゼネコンの現場監督を辞めて、カメラを持った映像クリエイターの1年半 | Ttteal・杉岡 陸さん
広島を拠点に、企業のプロモーションビデオやインタビュー動画、イベント撮影を手がける映像制作チーム・Ttteal(ティール)。代表の杉岡陸さんが一人でカメラを持って立ち上げてから、まだ一年半に満たない。
その前の4年間は、映像とはまるで畑違いのゼネコンの現場監督だった。趣味で持っていたカメラを「仕事にできるほどの腕前じゃない」と思っていた男が、現場で出会った先輩の紹介でアシスタントにつき、福島に一人で乗り込み、機材だけは一丁前に揃えて神経をすり減らしながら、映像の仕事を自分のものにしていった。
——AIが当たり前に動画をつくる時代に、あえて人の温度感にこだわる理由はどこにあるのか。じっくり話を伺った。
「PVをメインに、インタビュー動画からイベント撮影まで」
――屋号とお名前、お仕事の内容を教えてください。
屋号はTtteal(ティール)でやっています。名前は杉岡陸と申します。仕事は映像制作ですね。
――具体的にはどんな映像を?
メインは企業さんのプロモーションビデオです。商品だったり会社だったりの、いわゆるPVと言われるものを中心に撮影していて、その他はインタビュー動画だったり、イベント撮影だったり。
「4年勤めたゼネコンを辞めて、カメラを持った」
――カメラマンはいつからされているんでしょうか。
最初は先輩のお手伝いをさせてもらいながら経験を積んで、自分一人で始めてからだと、まだ一年半経たないくらいです。
――それまではどういったお仕事を?
もともとは全く畑違いの仕事をしていました。いわゆる現場監督、建築のほうの現場監督ですね。ゼネコンと呼ばれる業種で4年間勤めたのち、カメラをやりたいなと思って会社を退職しました。
「腕前はないと思っていた。でも、アシスタントについているうちに」
――なぜカメラをやりたいと思われたんですか。
もともと興味はあって、趣味でカメラはやっていたんです。でも仕事にできるほどの腕前は持っていないし、そこまでじゃないなとは思っていました。
ゼネコンに勤務していたとき、同じ現場に入ってくださる先輩が「カメラ系の知り合いを紹介するよ」と言ってくれて。今はもう東京に行かれた方なんですけど、その方のアシスタントにちょこちょこついていくうちに、自分がメインでカメラを持って映像の仕事をしたいなと思い始めました。
始める一番の理由は、その瞬間しかない誰かの思いを、自分が作ったもので届けたいということ。それがあってカメラというものに興味を持って、仕事を始めました。

「機材だけは一丁前。一人で乗り込んだ福島の2時間」
――カメラマンになると決めて、実際に夢を叶えてこられたと思うのですが、振り返って「大変だったな」と印象に残っている時期や場面はありますか。
サブカメラマンで入っていた頃は、「どんな感じで映像を撮ったらいいですか」と聞いても「もう任せる」という感じで、ちゃんと教わっていたわけではないんです。だから自分の撮る映像がいいのか悪いのかも分からない。それが一番最初に苦労したところですね。
あとは師匠からの案件で、「福島県の神楽教室【要確認】の撮影に一人で行ってきてほしい」と言われて。新幹線を乗り継いで行ってみたら、めちゃくちゃスケジュールがなくて、時間がなさすぎて。しかも向こうのクライアントと運営の話し合いもあまりうまくいっていない。
その日はもう手探り手探りで、2時間で、結局インタビュー6人分と神楽教室の風景を撮りました。まだ映像の経験が浅いときで、機材だけは一丁前に揃えているだけの存在で行ったので、だいぶ神経をすり減らして撮影したというのが一番の思い出ですかね。
「本来、誰のために仕事をしているのか」
――そこからいろんな工夫を重ねてこられたと思います。今、普段の撮影でこだわっていること、意識していることを教えてください。
映像という面で一番稼働しているのは自分ですけど、結局はチームで動くわけなので、いい意味でも悪い意味でも「顔を出しすぎない」ということは気をつけています。
結局、自分の作品になるわけではなくて、お客さんが伝えたいものが伝わっていないと意味がない。僕はAの流れがいいと思っていても、お客さんがBのほうがいいとなったとき、映像制作者目線でのAがいくら良くても、それを押し通してしまったら「じゃあ本来誰のために仕事をしているんですか」となる。
チームで動いてディレクションしてくれる方がいるときも、僕がガツガツ出るのではなくて、ディレクションの人たちがヒアリングした意見が必ずあるので、そこを自分の価値観で勝手に判断して、先へどんどん進んでいかないように気をつけています。

「スポットライトが当たっていない街の力になりたい。それと、感情のままの短編ドラマ」
――これから撮っていきたい映像や、映像以外でも「こういうふうに人に価値を提供していきたい」という計画はありますか。
二つあります。
一つは、地域密着型の映像を撮りたいなと思っていて。街おこしのイベント【要確認】だったり、地元を活気づけるような制作は多分いろんなところでやっていると思うんですけど、いまいち僕ら消費者側の目まで届いていない。西条の酒まつりみたいな有名なところにしかスポットライトが当たっていないと思うので、そういうところの力になれる映像制作をやっていきたい。
もう一つは、映像の世界は自己表現もできると思うので、一人ではなく何人かで、本当に短編ドラマみたいなものを制作して、自分たちの感情のまま、感じたもののままのシーンで作品を作ってみたいです。
「上辺だけじゃなく、パートナーと呼べる友達とビジネスをやりたい」
――今は一人のクリエイターとしてやられていると思うのですが、ビジネスマンとしてはどういう広がりを作っていきたいですか。
今まで一人でやってきて、一年ちょっと経ちましたけど、なんとなく流れでやってきたところがあるんです。
自分で事業をやる以上、経営も含めて、クリエイティブだけじゃなく、会社として付き合っていける仲間を増やしたいと思っています。協業だけじゃなく、まだ僕も見えていないけれど、いろんな形で繋がっていける会社同士ってあると思うので。
人間関係というのかな。言い方は悪いですけど、上辺だけじゃなく、もっと深いところまで、パートナー同士みたいな関係でビジネスをやっていける友達と繋がっていきたいなと思っています。
「写真から生み出したAIの動画で、あなたたちの熱い思いは伝わりますか?」
――少し角度の違う質問です。このAI時代、制作系のクリエイターとして「AIには作れない、人だからできること」について、一人のカメラマンとしてのご意見を聞かせてください。
画像生成、動画生成がかなり進化してきて、いろんなところでAIが使われて仕事がバンバン回っていると思います。宣伝用のショート動画で、ガンガンに動きをつけてポップな感じに仕上げたいというなら、AIでも全然いいと思うんです。
ただ、「それであなたたちの事業を作ったときの思いは、本当に届きますか」ということを伝えたくて。
社長の思いを社員に対してでもいいし、会社全体のアピールを世の中に対してでもいい。経営者側にはやっぱり何かしらの熱い思いがあって会社を立てたり、何か考えがあってこの事業をやっているというのがあると思うんです。それを、写真から生み出したAIの動画で「あなたたちの熱い思いは伝わりますか? 人の温度感は伝わりますか?」となったときに、おそらく伝わらない。
だからそこは、人同士が作った、人の熱がこもっているもの。映像だけじゃなく何でもそうですけど、そこで真に思いを伝えていかないと。
この先AIはどんどん進化して、みんなの目も肥えて、「AIかどうか区別がつくもの」と「区別がつかないもの」がはっきり分かれていくと思うんです。そのときに、誰かの感情に訴えかける映像も機械に任せるんですか? それで伝わるような、あなたの思いはどうなんですか?ということを、もっと広げていきたいですね。
――ありがとうございます。すごくいいお話でした。

「今が一番若い。片足だけでも突っ込んでみてほしい」
――最後に、同じく挑戦しているチャレンジャーたちへ、メッセージをいただけますか。
「挑戦しない後悔」はしたくないなと思っていて。
僕も前職は建築系で、仕事はきついですけど金銭的には余裕があった。ちょっと我慢すれば将来安泰という、そこそこ幸せな道でした。それが悪いと言っているわけではなくて、、、出世街道にも乗れていたなというのはあるんです。
でも、挑戦できるタイミングって、人それぞれ妥協する部分はいろいろありますけど、やっぱり一番は「今が一番若い」ということ。
「ちょっと無理だろうな」と悩む時間は大切ですけど、悩む時間はあっという間に過ぎていって、「ああ、あのときやっておけばよかった」と思う時は必ず来る。だから何かちょっと片足を突っ込んでみるとか、小さいことから経験していって、ある程度やったうえで諦める。何事も「絶対無理だ」と最初から諦めずに、挑戦してもらえたらいいかなと思います。
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