「誰のために、何のために、何をするか」順調な10年と、挫折とコロナの先で見つけた芯――(株)デイ・バイ・デイ 岡本 耕司
広島・袋町で20年。33種類のグラスワインと炭火焼で街の人に愛されてきた「炭火焼&ワインIZAKAYA シャルボン」。店主の岡本耕司さんは、15年勤めたホテルを飛び出し、独立からわずか10年で3店舗を構えた。しかし3号店で「経営とはこれか」を思い知り、コロナ禍で初めて立ち止まって勉強した。20年の飲食人生を、時に照れながら、時に熱く語ってもらった。
「料理ありきのワイン」。33種のグラスワインと炭火焼で20年
―― まずは自己紹介をお願いします。お名前とお店、されているお仕事について教えてください。
岡本耕司です。株式会社デイ・バイ・デイという会社のもとに、ワイン居酒屋「シャルボン」を20年前にオープンさせました。3年経ってからこの近くに居酒屋「パンキーナ」を構えて、その7年後くらいに「ビストロ シエル」という店も作ったんですけど、シエールはコロナの影響もあって閉めました。今はシャルボンとパンキーナの2店舗でやっています。
シャルボンは33種類のグラスワインと、炭火焼をメインにした「ワインに合う料理」。これを楽しんでもらう店です。そのまま楽しんでもらうのもありなんですけど、今売り出し中なのはワインと料理のペアリング。やっぱり「料理ありきのワイン」なんですよ。
料理をもっとおいしく楽しむためのエッセンスとしてワインがある。そういう提案をしています。

「自分らがおいしい」ではなく「シャルボンのお客さんが喜ぶ」ワインを仕入れる
―― 今回はPRも兼ねた取材なので、お店の魅力を深掘りさせてください。ワインの仕入れや、こだわっているポイントは?
ワインのこだわりは、とにかく自分らが飲んでおいしいものをお客さんに出すこと。ただ、20年やっていると、シャルボンのお客さんがどんなワインを好むかが分かってくるんですよ。自分らが飲んでおいしいワインが、そのまま店でおいしいわけじゃない。試飲してみて「あ、これはシャルボンのお客さんに受けるじゃろうな」と思えるものを仕入れています。メーカーさんが来る試飲会には定期的に足を運んでいます。
料理は炭火焼とアヒージョ、この二つが看板メニュー。中でもやっぱり食材にはこだわっています。

高知、島根、来月は東広島。年に一度、その土地へ食材を買い付けに行く
―― シーズンごとのフェアもされているんですよね。
シーズンごとにフェアをやっていますし、年に一度はその地域に自分で行って、その地域のおいしい食材を仕入れて出しています。高知に行って高知の食材、島根に行って島根の食材。今年は来月、東広島に行く予定です。東広島の鶏とかカキとか野菜とか。おいしかった食材はそのままメニューに載せて、しばらく提供しています。

その間に、別で「炭火焼タパス」もやっています。小皿料理ですね。ワインってやっぱりアペリティフで楽しみたいでしょう。そこに炭火焼のエッセンスを加えた、ワインに合わせる小皿を季節ごとに考えています。
―― 素敵ですね。もうお腹が減ってきました(笑)。
「飲む・食う」ではなく、ワインと料理を囲んで会話を楽しむ人たちが集まる店
―― どういった方が好んで足を運ばれるんでしょうか。
これはほんまに老若男女です。シーンで言えば家族同士、友達同士が多いですね。あとは会社の仲間たち。「飲むぞ、食うぞ」じゃなくて、ワインがあって、そこにおいしい料理があって、会話を楽しむ。そういうお客さんが主です。

15年勤めたホテルで感じた「これ以上いたら面白ない」
―― 角度を変えて、岡本さんご自身のご経歴を。なぜ飲食の業界に来られたんですか。
もともとはホテルマンで、15年ホテルに勤めていました。レストランに宴会場、婚礼部門も担当して、ずっと飲食畑。ただ、ホテルの中じゃやりたいことが限られる。これ以上ホテルにいたら管理職になっていくだけで、もう面白ないなと。
飲食店って、お客さんと常に接しながら何かをする仕事じゃないですか。販売する楽しみ、お客さんと会話する喜び、親しくなる喜び。それが自分にはあった。ホテルでこれ以上は無理かなと思って独立しました。
―― 小さい頃から食や料理に興味があったんですか。
全くなかったです(笑)。高校を卒業して大学に行くつもりはなかったけど、すぐに働くつもりもなかった。かといって大学に行くほどの強い思いもない。それで「専門学校でちょっと時間を置いてから社会人になろうか」と選んだのがホテルの学校。そこから飲食の面白さに気づいたんです。

トントン拍子の10年、そして3号店。「経営ってこれか」と知った日
―― 20年の中で印象に残っているシーンや、大変だったことは?
それを話したら30分いっちゃいますよ(笑)。20年はあっという間でしたね。
その前から言うと、ホテル時代にソムリエになったんです。ここで人生の道がちゃんと決まった。ワインにどんどん興味を持ち始めて、独立して。
独立して好きなことをやっていて、しかもあの時代が良かったんですよ。まだ紙媒体の時代で、情報誌に載せたらお客さんが来よった。1号店のシャルボンも最初はつまずいたけど、わりとすぐ軌道に乗って、そのまま2号店のパンキーナを出して。つまずく理由が分からんかったんですよ。トントン拍子だったんで。
で、調子に乗って3号店を出したんです。当時の目標は「5店舗出す」「広島でナンバーワンの飲食店になる」。何も知らん若造の目標でしたね。
3号店は料理人ありきで作った店でした。自分が本当にやりたい店じゃなくて、その人ありきの店。彼が辞めたとたんに、彼じゃないとできん店になっとったから、他の人を雇っても無理。お客さんが離れて、一気に傾いた。いわゆる経営難ですよね。
―― それが今でも一番残っている思い出ですか。
そうですね。「経営ってこれか」と。経営の難しさに直面した瞬間です。

芯ができたのはここ最近。コロナで初めて「勉強」した
―― 長く続けてくる中で、ずっと意識されてきたこと、芯として動いてきた部分はありますか。
長い間、芯はなかったですね。芯ができたのはここ最近です。それまでは「やりたい、やりたい」。挫折するまでは「岡本耕司の力を見せたい」「自分が成長して、店を大きくしたい」と、自分の欲が強すぎた。
飲食店をやっていたら分かると思うけど、時間がないんですよ。時間を切り詰めて何かをしないといけない。それがコロナのとき、初めてすごい時間ができて、初めて経営の勉強をしたんです。
―― どういった気づきがあったんですか。
一番大事にしなくちゃいけないのは、自分じゃなくて相手。相手にどれだけ喜んでもらうか、楽しんでもらうか。相手の喜び、相手の幸せ。「誰のために、何のために、何をするか」。
言葉としては頭に入っていたけど、心底落ちてはいなかった。でもそこから3年間やり続けてきた中で、誰のために、何のために、何をするかを突き詰めた。いろんな人に出会って、いろんなところに行って。広島以外の勉強会にもあえて行くんです。東京、千葉、九州と。
―― あえて居心地の悪いところへ、ですね。
そう。正直、広島って日本の中でも住みやすいし、勉強するのも広島の中でやったほうが楽。でもあえて都会に行く。
コロナのとき、「このチャンスを生かさなかったら次はない」と思ったんです。コロナ後の姿のイメージができんかった。どうなるか分からない、見えない。見えるようになるために、いろいろチャレンジしました。

自分が変わることで周りに影響を与える人間に。三本の柱は「飲食、代理店、投資」
―― これからどういう店作りを、どういう人でありたいと考えていますか。
一番は、店作りというより自分自身ですね。人として、自分が変わることによって周りに影響を与えられる人間になりたい。
そのためには、まず店を基盤にすること。シャルボンとパンキーナの経営がうまくいっていなかったら、経営者の時間はきつくなりますから。その上で、岡本耕司がここまで入れてきた知識を、自分だけじゃなく周りの人に対してどう考えて、どう提供するか。それを考えながらやっていく。
飲食業って、目の前のことで忙しいのと、日銑が入ってくるのとで、その先を考えていなかったんですよ。西日本災害のときにすごく苦労したのもそれ。だからその先を見せられるようなことをしたい。今、三本の柱の軸ができています。
―― 三本の柱、言える範囲で教えてください。
一つ目は本業の飲食業。二つ目は今、縁があって代理店をさせてもらっている事業。
そして三つ目は投資です。投資はコロナのときにすごく学びました。
―― 自分の身を守る、周りを守ることにもつながりますね。

人生100年。80歳の着地点から逆算する
―― 将来的にどうなりたいかという長期的な目標はありますか?
江田島に住みたいと思ってます。
何がいいかって、空気感。今わりと注目を浴びている場所なんですけど、フェリーで渡って降り立ったときのあの空気感。広島の街にはないですよね。
―― ぜひ味わってみたいです。
行ってみてください。
自分もコロナのとき、目の前でやることは分かっていたけど、5年後の自分が全く見えなかった。でも勉強会のメンバーに教えてもらって、着地点を80歳にするとバチッと決めたんです。人生100年時代、100まで生きるとして、その中で何をするか。まず80歳の着地点をメドに落とし込んだら、何をするかが見えてきた。
飲食業って、どこの人も一緒だと思うけど、夢中でやっているうちに体がボロボロになるんですよ。今すぐ自分の代わりがいるわけでもない。でも10年後の65歳で「自分、よう頑張った」と思えるほうがいい。
―― 着実に道を描きながら歩まれていて、この先どんな人生を歩まれるのか楽しみです。

逃げない。前を向く。トライアンドエラー
―― UNDERDOGSは20代・30代の読者も多く、みんなチャレンジャーだと思います。日々困難を抱えながらチャレンジしている若い人たちへ、メッセージをお願いします。
偉そうなこと言うけど――逃げない。前を向く。で、トライアンドエラー。
自分も振り返ると、あの頃はなんかぼんやりしとった。
もっともっとトライアンドエラーができたなと思うんです。
―― 語り残したことはありますか。
いや、10分の3くらいしか話せてないですよ(笑)。喋りだすとキリがない
。あえて言うなら、覚悟と本気。そして「誰のために、何のために、何をするか」。それに尽きます。
―― 続きはまたお店で、ですね。
最後の挑戦は「昼のハンバーガー屋」。一緒に働くのは“人間くさいやつ”
―― 求人についてもお聞かせください。
次にやりたいのが、昼間のハンバーガー屋なんです。
3号店として。これが俺の飲食店の最終局、最後の挑戦。ハンバーガーの店主になります。
―― ハンバーガー! お好きなんですね。
ハンバーガーって魅力ないですか? 見た目にインパクトがあって、食べたら普通にうまい。もともとはかき氷をやりたかったんですけど、今かき氷が流行りまくったんで、もう無理だなと(笑)。
夢を叶えるためにも、やっぱり人なんですよ。
―― どういう思いを持った方に来てほしいですか。
人間くさいやつ。シンプルでいいです。
人を大事にしてるやつ。自分もほんまにいろんな人に助けてもらってきたんで。
店舗情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | 炭火焼&ワインIZAKAYA シャルボン |
| 運営 | 株式会社デイ・バイ・デイ |
| 住所 | 広島市中区袋町7-12-1F |
| 電話 | 082-249-0238 |
| 営業時間 | 17:30〜24:00 |
| 定休日 | 火曜日、第1・第3月曜日 |
| 姉妹店 | ピザ居酒屋 パンキーナ |
| Web | charbon-wine.com |
店舗情報は公式サイト(2026年9月24日参照)より。
炭火焼&ワインIZAKAYAシャルボン
- 住所
- 広島市中区袋町7-12-1F
- 営業時間
- 17:30~24:00
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