一度潰しかけた店と、捨てたいらないプライド。「みんなの庭」をもう一度咲かせるまでの11年ー十日市のBar AURA
開店から2年目。売り上げは伸びず、従業員もいなくなった。「このままだったら、もう店を潰す」──そう思った坂尾祐一さんは、いったん店を閉める決断をする。
アルバイトを掛け持ちしながら店の維持だけを続け、半年後、彼は店を作り変えて出し直した。
ラテン語で「庭」を意味する店名、AURA(アウラ)。今年で11年目を迎えるその庭で、坂尾さんが客に返す答えは決まっている。「うち、遊び場です」。


「みんなの庭」から始まった
Q. まず、自己紹介と、今のお仕事について教えてください。
坂尾裕一と申します。バー「Aura」を、今年で11年目。2015年からですね。
学生時代からバーの業界にずっとおりまして。学校を卒業してから飲食というか、バー業界にそのまま就職という形で入って、そこで9年くらい働いて、そこから独立する形です。
――お店の名前とコンセプトについて。
「AURA」っていう名前は古典ラテン語で「庭」っていう意味なんですよ。この「庭」っていう意味がいいなと思って。みんなの庭、気軽に来れて、みんなで集える場所という。
庭っていうからには、何でもいい、何をやってもいいよっていう形で。この場所を「バー」っていう括りに枠を作らず、活用いただいていいかなと思って。
――具体的には、どんな使われ方をされてきましたか。
結婚式の二次会だったりとか。あと、コスプレの方々が、ここのスクリーンで──その当時は2.5次元の舞台をみんなで見て、ご飯食べて、そこからコスプレして撮影会みたいな。鑑賞会からの、みたいな感じです。
あとはもう、身内というか、貸切だったら何やってもいいと思ってるんで。でっかい20人ぐらいで人狼パーティーをやったりとか。

ダイニングバーでの挫折から、日々模索し作り上げてきた
――フードやお酒のこだわりは?
フードメニューに関しては、当初、一番最初はダイニングバーという形で、従業員も入れて、もっと料理色も強く、というので思ってやってたんですけども。正直、そこでうまくいかなかったんですよ。ちょっと一回、潰しかけて。
何でかって今思ったら、何の売りもないというか。何でもあるが、何でもある。じゃあ何に特化した店なんだろう、どう楽しんでほしいのっていうのが、ちょっとぼやけたような店だったなって、今思ったら。
従業員もいなくなって、カウンターもそこから作り変えて。再始動っていう時に、「そういえば俺はバーがやりたかったんだよな」っていう原点に立ち戻って、カウンターもバーとして使いやすいように作り変えて。
お酒に関しては、何か特色っていうよりは、バーとして一般的なものは何でもあるよっていう感じですね。フードに関しては一回消したんですけど、だんだん僕がこだわって、これ作ってみよう、あれ作ってみようで、だんだん増えてきて。
――人気のメニューはどちらになりますか?
普通でいったらスモークチキンだったりとか。ピザも手作りの生地でやってますし。デザートは最近充実してきたので。フレンチトーストとかは火をつけるので、ライブ感もあって結構喜ばれますね。
「何かで独立したい」
――11年前、オープンまでの流れやきっかけをお聞かせください。
もともと大学を卒業して、この業界で就職っていうのを考える時にも、何かで独立したいって思ってたんですよ。その時にバーっていうのが、僕がお酒も好きですし、このバーという環境が好きだったので。だから、この業界で独立したいなと思って。
入った店も、当時で一番かどうかわからないですけど、すごく忙しい店で。今思ったら、すごい営業時間の長さで。ずっと忙しくバタバタとしてる、お客さんがおる限りやるみたいな、そういう店だったんで。一回、すごく忙しい店っていうのを経験しておくのが、独立する上で勉強になったなっていう。
――そのお店は、広島に。
今もありますよ。今はさすがに、前みたいな営業形態をしてないんですけど。当時は僕を含め、結構気合の入った人たちが多かったんで。もともとお客さんとして行ってたんですけど、そういう体制だと分かった上で入りましたね。

「あの時、血迷ってた」
――これまでで一番しんどかったのは、やはり業態を変えた時期でしょうか。
そうですね。一番最初に、コンセプトが「何屋さん?」っていうような形でスタートしてしまって、うまくいかない。その時のことは、古いお客さんには「あの時、血迷ってたね」っていうふうに言われます。
いろんなことを、ちょっとずつ、つまみ食いの状態で。今思えば、がっつりそっちにシフトしていけば、もしかしたらうまくいってた道もあるかもしれないんですけど。本筋からずれずに、そっちも取りたいみたいな、二兎を追うような中途半端な形でやってしまってたんで。そういうので、結局うまくいかず。
それで一回、2年目、3年目に入る前ぐらいですね。ちょっとこのままだったら、もう店これ潰すなっていうのを思ったんで。一回、店を閉めようという決断をして。維持だけ、その時にいろいろなアルバイトをしながら、維持だけをして。
――どんなアルバイトを。
その時は、古巣のバーに「ちょっと手伝って」って言われて。ちょうどその時にあったのが、レストランでちょっと働いたりとか。あとは朝方の、モーニングのホテルで働いたりとか。あとキャバクラのフロアもやりましたし。あとは朝一の、弁当の食材の搬入。
それでなんとか維持をして。その時にいろいろと考えを直して、どんな形にしようっていうのを考えて。半年後に、ちょっと作り変えて出し直したって話ですね。

「僕がしたい店をやろう」
――再始動する時に思ったことは。
比較的、その時に再始動する時に思ったのが、「やりたいようにやろう」と。いい意味で、僕がしたい店をやろうというのを思って、再始動したら。僕がやりたい店なんで、「こう使ってほしい」「こう楽しんでほしい」っていうのが明確になって。そしたらお客さんも、どう楽しんでほしいかが伝わって。そういう形で、今なんとか行っているという形ですね。
――「自分が好きな店」とは、具体的にどんな店づくりですか。
お酒を楽しんでいただきたいっていうのが一番には来るんですけども。そこにちょっと、僕がいろいろカードゲームとかも入れてるっていうのは、お酒を飲むだけじゃない環境。みんなでワイワイ楽しむのも良し、普通にカウンターでしっぽり飲むのも良し、っていう。それぞれが使いたいシチュエーション、使いたい形で使えるように、というのも思って。
幸いにも、ある程度広めなんで。それぞれが独立して楽しんでいただける環境になってるかなっていうのは思います。
最近、僕、「ここって何屋さん?」って聞かれたら、「うち、遊び場です」って。遊び場で楽しんでください、っていう形で言ってますね。

「いらないプライドがなくなった」
――続けてこられた中で、自分の中の変化として印象に残っていることは。
いい意味で、鼻っ柱を折られましたね。
今までさっき言った失敗というか、潰しかけたあそこまでは、「何とかなる」とどこかで思っていた。いい意味で、弱みを見せられなかった。どんなに調子、売り上げとか悪くても、なんか変にそれを外に出すのが恥ずかしいみたいな、そういったのがあったんですけど。一回潰しかけたのは、その前から知ってる人間は知ってる話なので。今更かっこつけるも何もないわっていう。いい意味で、いらないプライドがなくなったんだと思いますね。
いい意味で、仲のいいお客さんの意見を素直に聞けるように。それまでっていうのは、自分が例えば「この道に行こうと思ってます」「本筋からこっちをちょっと加えてみようと思います」、それに対して「それはちょっとないんじゃない?」ってお客さんに言われても、「いやいや、それはこういう理由でこう思って、こうするんですよ」って。僕の中での正解はこれだっていうので、言ってくださることをうまいこと聞けなかった。
本当に潰しかけて、いい意味で鼻っ柱を折られて、「いらんプライドはいらん」っていうので慣れたんで。そこからは、何か加えたりとか、変化しようかなって思ってるときに、本当に率直に言ってくださる方に「これこれ、こうしようと思ったけど、どう思う?」って素直に聞けるように。いろんな方からいろんな意見を聞いて、「やっぱ無理よな」と思ったりするものも多いですし。
「僕がバーという仕事が好きなんだな」
――挑戦する時の不安の中で、支えになった考え方や人はいますか?
結構がむしゃらにやってきたという部分も一つあるんですけども。結局、多分、僕がバーという仕事が好きなんだなっていうのが、本当の根本のところなんだろうなっていう。そこが支えになったのかなっていうのは。
この仕事を辞めて、じゃあ別の何かをするっていうのを考えた時に、「何ができる?」っていうのも正直ありましたし。正直な話、潰しがきかない仕事といえば仕事なので。そこでもう、覚悟を決めてやるかどうかっていうことかなって思ってます。
――バーをやっている中で、一番好きな瞬間はどういう瞬間でしょうか?
「思った以上だ」と思われるシチュエーションっていうのが、やっぱり。期待を超えていくというか。
ここでモスコミュールを作っている時に、自分でジンジャーシロップを自家製で作って、それで作ったんですけども。「ここでそういう本格的なモスコミュールを飲めると思わなかった」みたいなのもありますし。
デザートとかでも、「こんなすごいの出てくると思わなかった」とか。気軽に頼んだのに、みたいな。その期待を、どんと超えてくる。
「もう一回、組織というものを作ることを考えてみよう」
――今後の動きとしては。
まずは今、一人でやっていて、ちょうどアルバイトの方が今入ってくれたというか、一応決定して。なので、全く一人じゃない体制で、まずこのお店をもうちょっと安定的に忙しくしていく。その上で、多店舗展開っていうのがいいと思ってます。
一番最初のオープンの時は従業員もいたんですけど、そこからずっと一人で基本的にはやってたんで。もう一回、組織というものを作ることを考えてみよう、と。
――10年後、20年後は。
半分冗談で言ってますけど、最終的に僕、うどん屋やりたいです。
煮込み系の、ことこと煮込む系の料理が得意なので。
――ある程度みんなに任せながら、ご自身も実働している状態というイメージですか。
そこに関しては、いろんな店舗に顔を出して、お客さんとも会話しながら。結構、庭が増えていくイメージ、というか。

「強く願えば、なんとかなる」
――ご自身で思う強みは。
いい意味で、根拠のない自信を持っている、というところですかね。
潰しかけたって話はしたんですけども、多分、心のどこかで「僕は何とかなるし、誰かが助けてくれる」というのが、実際、最終的なところではあったりしたんで。強く願えばなんとかなると、心のどこかで思ってるという。
アルバイトの子が決まったのも、2日前で。本当に欲しいなって思ってて、それがいよいよちゃんと動こうかなって思ってた時に、たまたま働きたいっていう子がいたんで。強く願えば、僕の願いは叶うんじゃないかっていう、根拠のない。
「報われるまで努力する」
――記事を読んで「応援したい」と思った方には、どんな応援の仕方が嬉しいですか。
気軽にうちを楽しんでいただける、楽しんでいただくのが一番の応援かなという。僕ができる限りはご要望にはお答えするっていうのを、僕はモットーにしてるんで。もう、わがまま全然言ってくれて大丈夫です。「こんなんできる?」「あんなんできる?」っていうのを、どんどん聞いてください。
――最後に、広島で一緒に頑張るチャレンジャーたちへ、メッセージを。
ちょうど今日見てて、「ええな」と思ったのが、「努力は報われる」じゃなくて、「報われるまで努力する」っていう。確かにそこはあるなっていう。成功するまで続けたら、失敗じゃないな、っていう。それを共にやっていこうぜっていうのが。
そこから逃げないというか、やり続ける。「最後まで立ってた人間が一番強い」って、よく言ったりしますけど。それに似たような感じかもしれないですけども。すべてやり続けることが正義ってわけじゃないかもしれないんですけども、少なくとも、やり続けてたら失敗ではないなって、僕は思ってるので。
どこかできっかけで成功するかもしれない芽を、途中で止めてしまったら、成功する可能性はゼロになると思います。だとしたら、続けていれば、どこかで成功する可能性もゼロじゃないというのが、僕が思っていることですかね。