薬研堀で21年。飲食業界の荒波をサバイブした経営者が語る、「誰かの人生を背負うため」の挑戦。
食 — 店主の挑戦

薬研堀で21年。飲食業界の荒波をサバイブした経営者が語る、「誰かの人生を背負うため」の挑戦。

広島・薬研堀 | ROCKSTOCK代表 宇高 新さん(46歳) 2026.07.02 TEXT:YUTO(28)

広島県広島市、夜な夜な賑わう繁華街。その薬研堀エリアにお店を構える宇高 新さんに取材を行いました。

25歳の時に挑戦し始め、21年間お店を開き続け、街の明かりを灯してきた宇高さん。

彼が語る言葉は、一つ一つが重く、心の奥底を安心させてくれるような言葉選びと声色で、これまで歩んできた道のりと、これから行っていく挑戦について、お話をお伺いすることが出来ました。

UNDERDOGS、記念すべき第一人者。彼が語る挑戦から私たちも始まります。

現在の挑戦:離職の多い夜の街で「スタッフの還暦定年」に挑む理由

Q. まず、現在の挑戦についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

広島市中区薬研堀にてLOCK STOCKというバーベキューのできるバーと、貸切専門のONE STOCK、あと出前を店内から出してる事業をしてます。

宇高 新(うたか しん)と申します。お願いします。

挑戦……あの、僕、今ここが今21年目。店オープンして、25歳の時にオープンして21年目で。

現状、飲み屋さんというくくりが一番わかりやすいかなと思います。飲み屋さんの従業員に50歳の人とかほぼいないというか、いても一人でやってたりとか、60歳になるとより減るというか。

なので、今スタッフが僕合わせて4人いるので、その4人が60歳になるまでっていうのが、僕の中で一つの挑戦かなと思ってて。

うちの店が45周年になったら、一番下のアキラっていう子が60歳になるので。還暦まで。

要は還暦というか、通常の会社で言ったら定年っていうところまで面倒を見るっていうのが、なんか一つの挑戦であって、そこに挑戦しているかなと思ってます。

Q. 具体的にはどういうお店作りをされていますか?

通常はバー営業だと思ってくれたら。「飲み屋の兄ちゃん」が3人ぐらいおって、そこにコックさんが1人いると。

そこでバーベキューテラスでできて、完全貸切りもできて。

しかも朝5時までやっているので。

通常の営業は夜8時から朝5時までで、バーベキューとかそういう洋食コースとか、そういう貸切の利用は6時から受付をしてて、そんな感じのお店作りをしてます。

21年前、お店を始めたばかりの「原点(きっかけ)」は?

Q. なぜお店を始められたかという「原点」をお伺いしてよろしいでしょうか。

始めたきっかけは、21年よりもっと前、一番最初に入ったお店を1ヶ月半で辞めまして。

給料が10万円くらいだったので、「雇われは合わないな(やっとれるか)」ということで。

次のお店が10ヶ月。その時に、店長をしていた時のマスターさんにお会いして、その店で6年の修業期間を経て、25歳の時に独立をしました。

実はそれまでもきっかけは2回ありました。

1回目は、18歳で焼き鳥屋さんで働いてた時。2年勤めて20歳の時に「そのまま店を出せ」って言われて。ただ、若さもありお断りして。それがまず1回目。

2回目が、若さでバンドを組みました。1年間しか組んでなかったんですけど、「俺ら音楽で飯食ってくぜ」みたいな、ちょっと頭のおかしいこと言い出して。それが2回目。

焼き鳥で飯食っていくか、次は音楽で飯食っていくか……と来て、「3度目の正直」です。

飲み屋さんというか、夜のバーの世界に入った時は、「自分で店を持つまで絶対に続けよう」と思って。

それが最初のきっかけです。

「人に付く」から「店に付く」へ:業界の常識への挑戦

Q. 「すごいしんどかったな」っていうポイントをお聞きしていいですか?

最初は3人で始める予定で、広さは今と変わらないんですけど、オープン初日に1人が飛び(失踪し)まして、その後1ヶ月後にもう1人も飛びました。

オープン1ヶ月で一人ぼっち。

半年くらいはその時一人ぼっちで営業していて、友達がたまに手伝いに来てくれるぐらいで。

そこからスタッフポンポンと入りまして、そこからまた1年半の時に出たり入ったり、いろんな子が新たに入ったり辞めたりしながら……4周年を迎える前に、2人雇っていたんですけど、その2人が別々の理由で、1人は結婚、1人はもともと結婚していて家庭を養うために違う仕事をするということで、また僕1人に戻っちゃったんです。

毎年DM(ハガキみたいなの)を出してて、最初の頃は従業員と写ってたんです。

でも、4周年の時は従業員が誰もいないから、愛犬を写して入れて出しましたね。

4周年から5周年にかけての1年半は、本当に「何がいけないんだろう、何がいけないんだろう」っていうのばっかり考えてて。

「店の名前がいけん(良くない)のんじゃないかな」とか、「みんな絶対ジャグラースロット)好きなはずじゃけ、店名を『ジャグ』に変えようかな」とか、そんな、もう頭いかれとったんですよ。

その時は「一人で何までやらなきゃいけないんだ」っていう感じで、一番しんどかったです。

Q. 周りから「無理じゃないか」とか、そういったお声もありましたか?

どっちかというと、「無理だ」って言われたことって……スタッフが入って、そこからですね。

今、飲み屋さんってだいたい「人」に付くんです。

だから業界的には「9割が人で、1割が店(箱)」みたいな。9割は、その人が辞めたらお客さんも来なくなるのがすごく多い業界なので、僕はそれを真逆にしたくて。「1が人で、9が箱というか店に付く」みたいな形にしたくて。

それはむちゃくちゃいろんな人に、「それは無理よ」「だいたい従業員辞めたら絶対客なんか入らなくなるし、もしくは僕が店に出なくなったら大半の客は来なくなる。そうやって店は潰れていく」みたいな。そうやって猛反対されました。

でも、みんなが「人に付くやり方」しかしてこなかったから、「無理じゃ」って言うだけ。

だからそれを周りに言うと、やっぱり「9対1は無理」じゃなくて、だから100歩譲って「6対4」まで持ってきたいなと。「6が箱、4が人」みたいな。

今、そこへの「無理だ」って言われたことを挑戦し続けている、その一つでもある。

だから「スタッフを還暦まで雇う」というのも、そういう思いがあって、そこに挑戦しているんです。

Q. ここまで21年されてきて、「6対4」ぐらいへの実感はありますか?

現在の店内営業における接客の割合が65%なので。

もともとは多分、接客がほとんど、90%とか80%を占めていましたが、今は残り35%は「その他の接客じゃなくても、環境(空間やシステム)で店を使ってくれている」というデータが出ています。

65%は接客関係ですね。実証はできつつあります。

支えとなったスタッフの存在と、ご自身の変化

Q. これまでいろんな支えもあったと思うんですけど、どんな人が支えが印象に残っていますか?

もちろんお客様ではあるんですけど、まあ今支えてもらってて一番は、やっぱりスタッフですかね。

一人が約10年、もう一人は約14年、一人が15年勤めてくれています。

そうですね、「もう一人じゃ何もできない(何まで行けない)」っていうのは、あのしんどい時期に本当にわかってるんで。

うまく自分が楽しく生活していこう、自分だけ儲けていこうと思ったら、もしかしたら一人の方が楽かもしれない。

だから、そういう経営者が多いのも納得はできるなと。でも、僕は彼らと一緒にやりたい。

Q. その中で自分自身というものが、挑戦によって変わってきたなとか、自分に対する変化みたいなことって感じられたりされますか?

「彼らが幸せになるのも、僕が幸せになるのも、すべて僕の責任だ」と思えるようになりました。

うまくできてないところがたくさんあるから、一概に大手を振って言えないんですけど。

昔はそれこそ、お酒を飲んだついでにミーティングをするような適当なところもありましたが(笑)

今はそれは全くない。数字をちゃんと調べて、ちゃんとミーティングして、どうやって動いていくか、どうしていくかを決めています。

そこまでにいろいろと模索しました。他業種の交流会に入ったりとか、そこで学べば学ぶほど「昔は無鉄砲にやっておったな」と思う反面、飛び込む力がちょっと弱くなっているような気がして。

学べば学ぶほど、石橋を叩くようになって。

叩きすぎたことによって、「この石橋、こんだけ叩いたんだけれども割れとるんじゃないか? 今渡ったら危ないんじゃないか……結局渡らんのかい!」みたいな(笑)。

あんだけ叩いてね。そういう慎重になりすぎる、新たな葛藤もあります。

それで失敗もあったんでね、飛び込んで失敗してみたいなのもあったんで。

次なるステージ:広島の街で、お酒が飲めなくても戦える環境を

Q. これからの未来に向けて、次に目指すステージはどこですか?

まずは、みんな(スタッフ)を引き上げるという部分。

それは給料面でもあるし、人としてでもあるし、生活面でもあるし。自分自身も引き上げなきゃいけないので。

僕がいつまでもずっと現場に出てたら、さっきの人のものとか……体を壊す(病気になる)まで続けるよりは、病気になる前に次の手を打つというところで。彼らが満足な給料を出せるように「次の舞台」、引き上げられる舞台を作っていかなきゃいけない。

それで何回も挑戦しようと思うんですけど、資金面だったり、人材面だったり、場所、環境面だったり、いろいろあるので。近距離戦がいいので。「県外に出したらめっちゃ儲かるよ」と言われても、ちょっと違うような気がします。

できればこの広島市内という、この繁華街というか、このビルの隣ぐらいがいいんですけど。

そういう感じで、ちょっと一個新しい箱を作って。彼らが本当に体を壊した時に、今の35%(接客以外の部門)じゃ叶えないので。

だからその35%プラス、再現性のある「彼らは人じゃなくても大丈夫(ロボットとかじゃなくて)、彼らはお酒飲めなくても戦える環境」を、しっかり作っていかないといけない。

そうなると、現在の35%の他の部門を上げるか、新店舗で新しい環境を作るか。これは必ずやります。

挑戦しようとする若者たちへのメッセージ

Q. これから挑戦しようとしている若者たちへ、アドバイスメッセージをお願いします。

40歳を超えたら「なるべく好きなことを仕事にしよう」と思うようになりました。

振り返ると、やっぱり僕は「人が好き」なんです。

好きなことじゃないと、人間って研究しないし、突き詰めない。途中で飽きちゃうんです。

だから、もしやるなら「ただ好きなことをやる」んじゃなくて、「好きなことなら、とことん研究しなさい」というのが一番伝えたいことです。

僕も昔、経営の先輩に「パターゴルフの店をやろうと思う」と言ったら、「お前、ゴルフ好きなのか?」と聞かれて。「いや、そんなに好きじゃないです」って答えたら、「商売を舐めるな」と厳しく怒られました(笑)。

でも、それが巡り巡って、今の貸切スペース(空間を売るビジネス)が生まれるきっかけになったんです。

20代のうちは、好き嫌いよりも「何かやったろう!」という気持ちで、怪我を恐れず飛び込めばいい。30代はその種を収穫する時期。そして40代に向けてビジョンを持つことが、可能性を広げる力になると思います。

Q. 最後に、読者や周りの人たちが、宇高さんや飲食店に対して「応援の還元」をするとしたら、何が一番嬉しいですか?

「楽しく生きてください」

それが一番の応援です。 僕らは「余剰品(贅沢品)」の業界です。

極論、飲食店がなくても人間は生きていけます。でも、江戸時代からずっと飲食店という文化は続いてきた。

どこかで絶対に必要とされているんです。それって、飲食店に「楽しい時間」があるからだと思うんですよね。

だから、皆さんが毎日を楽しく生きて、店に来て笑顔になってくれること。

それが飲食店全体への一番の応援になります。

もし、大手企業に入るような学歴や要領が今ないと思うのなら、贅沢を言わずに、寝言を言わずに、しっかり腹をくくって挑戦してください。

応援しています。

執筆後記

UNDERDOGS1号の取材を依頼した際、宇高さんは二つ返事で快く了承していただきました。

メディアに対する想いを伝えると、「いくらでも周りの飲食店を紹介するから」と言っていただき、

この心根の優しさと暖かさを求めている人は多いのだろうと、改めて感じました。

その宇高さんがこれまで行ってきた挑戦の軌跡に触れられたこと、とても貴重な時間でした。

お店に何度も遊びに行かせていただいてますが、スタッフの皆様も優しく暖かく笑顔にあふれたお店です。

改めて取材のご協力、誠にありがとうございました。

LOCK STOCK

住所:LOCK STOCK

〒730-0027 広島県広島市中区薬研堀7−8 21ステイタス 6F

八丁堀バス停から徒歩5分
市電 八丁堀駅から徒歩6分

月-金・祝前日 21:00 ~ 5:00
定休日 日(祝日前の日曜は営業)

お問い合わせ:082-248-7167

Webサイトはこちら

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YUTO(28)
EDITOR IN CHIEF / UNDERDOGS CREW
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