「誰でもできることを、誰よりもやる」――入学3日で専門学校を辞めた18歳が、創業1期目で年商1億の警備会社をつくるまで
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「誰でもできることを、誰よりもやる」――入学3日で専門学校を辞めた18歳が、創業1期目で年商1億の警備会社をつくるまで

専門学校を3日で辞め、家を追い出された18歳。居酒屋のキャッチから始まり、クラブイベント、バー経営、そして数千人規模のグループを率いた20代前半。「誰でもできることを、誰よりもやる」――その一点を貫いてきた男は、創業1期目で年商約1億円、従業員約100名の警備会社をつくり上げた。仁井田侑也さんに、これまでの歩みとその胸の内を聞いた。

入学して、3日で辞めました

――まずは自己紹介と、これまでの歩みを教えてください。

広島県出身の仁井田です。小中高と地元の学校に通って、専門学校に一応主席で入学という形で行ったんですけど、入学式で文を読むじゃないですか。「頑張ります」みたいな。で、次の日に学科別に分かれて、「これ、やる意味ないな」って。3日で辞めたんです。伝説ですね(笑)。

インテリアと建築の専門学校だったんですけど、高校には大迷惑をかけてしまって。次の年から推薦が減ったじゃどうじゃという話になったりとか。当時からどちらかといえば問題児で、いろんな人に迷惑をかけてきたなという自覚はありながらも、若いときは気にせず自分の道を歩もうと。

専門を辞めた瞬間に親からは勘当みたいな形で、「家を出ていきなさい」と。18歳なりたてで、初めて町のほうで一人暮らしを始めました。

ガスも電気も止まった。でも、結果を出さないとお金は払えない

――そこから、どうやって生計を立てていったんですか?

僕、親が経営者だったというのもあって、時間でお金を稼ぐのがとにかく嫌いだったんです。結果でお金を稼ぐ。それが今にも続いているのかなと思います。

自分が結果を出せばお金が稼げるものを探していた18歳のとき、友達に大学1年生で月手取り30万とか稼いでいるやつがいて。「何やってんの?」と聞いたら、居酒屋のキャッチで。じゃあちょっとやってみようかなと始めたんですが、最初の2か月はほとんど給料ゼロですね。ガスも電気も止まりました。

でもそれは、結果を出さないとお金が払えないというだけの話。今の経営と一緒ですからね。

3か月目からやっと芽が出始めて、気づいたときには約2年やっていて、月50万を切ることはなくなったなというくらいにはなっていました。

二十歳の夜、4時間で400万

――キャッチの経験が、次の展開につながっていくんですね。

居酒屋のキャッチなので、いろんな人間に声をかけるわけです。インスタグラムもめちゃめちゃ交換していて。その理由が、僕、クラブイベントをやりたかったんですよ。当時のハーヴィーというクラブが700人くらい入る箱で、「ここをパンパンにしたいな」と思って。

クラブイベントをやるところから逆算していたので、インスタフォロワーも多くて、DMを送ったり、ビラを1万枚配ったり、仲間を集めたり。それでいざやった結果、4時間で400万くらい儲かったんです。大体二十歳くらいのときですね。

そこからバーを開業して、21歳くらいからは月100万いくかいかないかくらいの生活を1年ほどやっていました。

「明日、23万ここに持ってきて」

――そこからネットワークビジネスの世界に入られたと。

そうです。この後取材する桑田にですね、ネットワークビジネスに誘われまして。その誘われ方がすごくて、「明日、23万ここに持ってきて」って(笑)。「分かったよ」と23万円を持って行ったら、ビジネスの話だったんですよ。

広島では桑田が1人目で始めて、僕が2人目。サポートは東京からのオンラインで、そこからスタートしました。結局、何千人というグループになって、マックスで月手取り250万くらい。20代前半で、当時の夢――タワーマンションに住みたい、高級車に乗りたい、ハイブランドを買いまくりたい――そういうのは24歳くらいで一周しました。

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――一周した今は、物欲はどうなんですか?

ブランド物とかはもういらないですね。時計とスーツバッグ、そういうものだけでいいという感じです。あのとき一周を見ていなかったら、多分今頃めちゃくちゃ遊んどると思うんですよ。一周回れた感じですね。

「これを極めるしかない」と言われて、辞めた

――ネットワークビジネスは、なぜ辞めることに?

僕らが入るときに説明を受けて「これは絶対いい」と思った理由が、「入った人間たちで、自分たちのグループで起業ができる」と言われたことなんです。それはめちゃくちゃいいなと。

でも3年くらいやって、「いつ起業できるんだろう」というときに、トップオブトップくらいの人間に言われたのが「これを極めるしかない」。それは嫌だと。いつか捕まるんちゃうかなというところもあって、起業したいという思いが強かったので、辞めますという形になりました。

側近の人間には一言だけ、「お前らはこっちで、そっちで頑張れよ」と伝えたんですけど、伝えたら20人くらい来ちゃって。「ついてきます」って。ついてきますって、仕事ないんですよね(笑)。

3年間ネットワークしかしていないわけですから。

2日で、20人分の仕事を見つけてきた

――20人を抱えて、どうされたんですか?

「いや、どうしよう」と。とりあえず日雇いの仕事でもいいから見つけてこなきゃいけないということで、昔あった人脈をたどって、20人分くらいの仕事を2日くらいで見つけてきました。

そのときにいろいろ手を出したんです。通信とか、内装をやりたいとか。今やっている警備会社もそうです。並行して、僕自身は当時バーをやっていた自信があったので、起業の最初の資金集めとしてバーをまたやろうと。

今でもまだ1店舗残っているんですけど、創業期はとにかくバーを頑張っていました。

「警備会社やろうぞ」で人が集まり、創業1期目で約1億

――そこから警備会社の立ち上げへ。

一昨年の12月ですね。弊社の役員がずっと警備員を務めて修業していたので。僕自身も当時から、どちらかというと人が集まってくる性格といいますか、僕が「サッカーやろう」と言えばみんなサッカーするし、「野球やろう」と言えば野球やる、という感じだったので、僕が「警備会社やろうぞ」と言ったら、ある程度の人数が集まってくるんです。

それで創業1期目で約1億を上げることができました。2期目は来月が決算月なんですけど、大体2倍ペースくらいではいけるようになって、今現在、従業員は約100名という形になります。

コスパって言っていいのは、量をこなした人間だけ

――業種も動き方も変えてこられた中で、ずっと変わらずに大事にしてきた意識は何ですか?

僕、資格を持っている人間より多分収入があるんですよね。それが何でかといったら、創業当時から――というか18歳のときからずっと思っているのが、「誰でもできることを、誰よりもやる」ということ。

世の中で稼げないとか、地元で飲み会をしたら会社の愚痴とか、あるじゃないですか。あれって、こなせる量しかやっていないというか、「これをこなしてね」と言われて「はい、分かりました」でやっているだけなんですよね。僕は18歳から雇われた経験がなくて、面接をされたこともない。したことしかないんですよ。

当時から思い返すと、シンプルに、当たり前のことを当たり前にやる。その中で、誰でもできる当たり前のことを、とにかくがむしゃらに誰よりも量をこなす。最近はよく「コスパコスパ」と言いますけど、コスパって言っていい人間は、多分、量をこなした人間だけだと思うんですよ。

一気に、約1300万の負債

――印象に残っている、苦労した時期はありますか?

明確にあります。僕、大きなターニングポイントが2か所あるんですけど、その1か所が、創業以前のネットワーク時代、2人でスタートしたときです。「どうやってまず人を増やすん?」という。でも、やるしかない。とにかくがむしゃらにやっていたら、気づいたらその背中を追って真似する人間が出てきた。指示だけしている人間には、誰もついてこないんですよね。指示をするシーンしか見ていないから、ちょっとできるようになったらもう指示する側になっちゃって、誰よりもやった経験がない。そうすると、一人の人間としてあまり強くない人間が生まれてしまうというか。

もう1つが創業期です。桑田と同じ会社をやっていたときに、一気に約1300万の負債を抱えました。そのときはもう、日勤で内装の解体に行って、夜はバーに出て、バー終わりにまた頑張って日勤に行って。そういう生活を10か月くらいして、みんなに返済しました。

小さいプライドなんてもう無いので。「すいません、すいません」って頭を下げて。この城を畳むわけにはいかないですから。

今、警備会社は2年目ですけど、自分が携わっているところは合計4年目。結局、その背中を見ている人間は、誰も辞めていないんです。結局、そこなんですよね。

挫折を、挫折と思わない

――その原動力はどこから来るんですか?

僕、挫折を挫折と思わないタイプなんです。壁が来たときは「乗り越えれるな」と。神様が何か与えてくれたもので、「これを乗り越えたら一皮むけるぞ」という感覚でずっといるので、へこむことがあんまりないんですよね。モチベーションがあるからやる、とかじゃなく、当たり前のようにやる。いちいち上げ下げしないですね。

守るべきものが、過去より大きくなった

――ある程度の達成をされてきた中で、今のモチベーションや今後の目標はどこに置かれていますか?

過去はもう、とにかく稼いで遊びたい、いいもん買いたい、いい車乗りたい、いい家住みたい。20代前半の頃はそれ一心でした。

でも今は雇用しているので。100人くらい雇用していくと、いろんな人がいるわけですよね。結婚して子どもがいる方、「ここじゃないとだめなんだ」という方、親御さんが倒れて「今すぐ日払いで必要なんです」という方。守るべきものが、過去よりも大きくなったなと。

下の子たちの収入を上げるには、会社の利益も上げなきゃなかなか難しい。だから攻め続けなきゃいけない。ただ、今の僕は「守るべきものを豊かにさせてあげたいから、攻めなきゃいけない」という思考になっているんです。本来、経営者としては逆で、「攻めた結果、守るべきものを守る」という順番でいなきゃいけないんだろうけど、この人数の規模になってくると、ちょっと逆の発想になってしまっているなというのはありますね。

数値としては、まず年商10億を目指しています。本当は30歳で行きたかった予想なんですけど、1年ずれるかなという感じですね。

「どうせやるなら」

――何をしたらいいか分からない、夢がないという若者に対しては、どういう世界を見せてあげるべきだと思いますか?

僕が従業員によく言うのは、「どうせやるなら」というのをテーマにしていることです。どうせ住むならいい家のほうがよくない? どうせ買うならいいもののほうがよくない? って。

警備会社って年寄りのイメージが多いと思うんですけど、うちは9割方20代です。やんちゃな子も多いですけど、そういう子らも全然、声をかければ一発なんですよ。

結局、人生の逆算をして答えてあげるべきなのかなと。普通の生活をしていて、その普通の生活が今後もできる保証ってないじゃないですか。世の中の情勢が変わって、「あのとき、老後の貯金を2倍にしておかなきゃいけなかったんだ」となったときのために、今頑張ったほうがいいよね、というのは伝えたいことですね。

葬式に、1万人来てほしい

――少し先の話ですが、「死ぬときにどう死にたいか」という質問をたまにするんです。理想はありますか?

大げさに言っているんですけど、僕、葬式に1万人来てほしいんですよ。僕の本当の最後の夢って、死んだ後なんです。死んだ後に分かることなので。「あのときお世話になった」「あの人に人生を変えてもらった」――そういう人間をいっぱい作りたいなと思っていて。死ぬときに涙を流してくれる人間が何人いるか。

どんな死に方というよりかは、正直言うと、僕はいつ死んでもいいんですよ。それが何でかといったら、自分のやってきたこの生き方に、一切の後悔がないので。

「あのときにこれをやっとけばよかった」という人、多いじゃないですか。多分ほとんどだと思うんですよ。僕は「これ買いたかったな」とか、そういうのはありますけど、生き方に関しては一切の後悔がない。「今を生きる」というのをすごく大事にしていて。今が未来を変えるじゃないですか。今の自分って、過去の自分が作っているんですよね。だから絶対に後悔はしたくないので、今を全力で生きています。

本当は死ぬのは嫌ですよ(笑)。でも、本当に死ななきゃいけないとなったときに、他の人よりは「嫌だ、嫌だ」とはならないと思います。仮にがんが発覚しました、となっても割り切れるタイプです。「これが僕の人生だと。まあ、でもやってきたしな」って。

どんなにつらくても、笑い続ける

――最後に、同じ時代を生きるチャレンジャーメッセージをお願いします。

まず、とにかく笑うこと。落ち込むことがあっても、笑っていたら何かあるんですよ。内心落ち込んでいても、元気な空回りでもいいんです、とりあえず。社員や従業員にも「とにかく笑いなさい」と伝えています。現場でハキハキニコニコしながらお客さんと話す人間と、むすっとしたまま話す人間、どっちが評価されるかといったら、もちろん前者ですから。ヘラヘラ笑うんじゃなくて、ニコニコする。それが大事かなと思います。

それから、チャレンジする人が少なくなっているのは、「経営イコールリスク」というイメージがあるからかなと。「10年持つ会社は1割もいない」なんて言いますけど、そんなことないんですよ。あの数字は、ペーパーカンパニーとか、作るだけ作って潰す予定だった会社も含んでいる。実際、僕の周りで経営を何年もやっている人間で、潰れた人はいないですから。やってみたいけど怖い、という人は、考えてから行動するんじゃなくて、行動しながら考えたほうがいい。まずやってみて、そこから考えることが出てくるんですよ。

あとは、社会人になると学ぶことをやめてしまう人が多い。工場とかそうですよね、1か月もすればやることなんて覚える。でも、それを何年間もやり続けるだけになったら、思考力が停止しちゃうんです。新たなアイデア、やってみたいこと、常に考える力がすごく大事なので、社員にもそうですけど、今からチャレンジしたい人たちには「とにかく思考力を磨き続けなさい」。それを伝えたいと思います。


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広島県広島市中区鶴見町3-21 NCビル

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メッセージの編集部要約

笑顔を忘れず、動きながら考え、学び続ける。

仁井田侑也

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