介護の思いやりから生まれたガーゼ ― 「こうのふく」中藤友栄さん
寝たきりの人も、車いすの人も、自分らしく装える服を。広島で「こうのふく」を営む中藤友栄さんは、着替えやすい機能性と、気持ちが上がるファッション性を兼ね備えた「寄り添い服」を作り続けている。原点にあるのは、我が子と父、二人の介護を同時に担った「ダブルケア」の日々。介護とファッションの境界をなくす市場に挑み続けてきた、9年目の挑戦者にその歩みを聞いた。

着たい服を着られるように。着る人も、着せる人も、楽になる服を
――まず、この事業を始めたきっかけから教えてください。
着たい服を着られるように、かつ機能的で、着せる方も楽になるように。人に服を着せてもらうのって、自分で着るのとは違って、すごくストレスになるんですよね。それを何とかしたいという思いが始まりでした。
きっかけは、私の次男です。私は結婚が遅くて、40歳近くで長男が生まれ、次男は40歳くらいのときに生まれたんですけど、その次男が2歳のときに「急性脳症」という病気になりました。
ある日突然熱が出て、命だけは取り留めたものの、寝たきりの状態に。ついさっきまで元気にしていたのに、なんで急に――。原因も結局分からずじまいで、受け入れることがなかなかできませんでした。
病院からは「回復する見込みはありません。ずっとこの状態です」と言われて。だったらせめて、かわいいものを着せてあげたいなと思って、お洋服を買いに行ったんです。でも、病院からは前開きのパジャマのようなものを着てくださいと言われていて、「前開きでかわいいの」を探すと、女の子ものしかない。男の子に着せられそうなものは素材が硬かったりして、なかなかないんですよ。

それで、自分で作り始めました。洋裁なんて全然得意じゃなかったんですけど、母がもともと洋裁士で、家で仕立てをするのを見ていたので、服を作るというのはなんとなく分かっていて。最初は見よう見まねで、いろんな生地を買ってきては作っていました。
そうすることで、息子の状態を受け入れられたところもあったと思います。本人は寝たきりで目も開かないし、抱き上げてもびくともしないくらいだったんですけど、私が一生懸命作った服を着せていくと、病院でも、その後移った施設でも、すごくかわいがってもらえて。親バカで「かわいい、かわいい」って言っちゃうんですけど、本当にかわいい子だったんですよ。
――Instagramの写真、拝見しました。
そうなんです。ちょうど7月29日で亡くなって、この間で十年になるので、インスタに載せたんです。皆さんも見て「こんなかわいい子なんですね」って。最初の頃は縫うのもすごく下手くそだったので、青虫の刺繍をしてみたりとか、全部手縫いで作っていました。
父と息子、同時に介護する「ダブルケア」の日々
――そこからどういう経緯で起業に至ったのでしょうか。
そうこうするうちに、今度は父が認知症になったんです。体は元気だったので徘徊がすごくて、警察やヘリコプターで捜索されたり、島まで行ってしまったり。本当に大変で、お薬を調整しましょうと病院に入院したら、そこから誤嚥性肺炎を起こして、どんどん頭がぼんやりして、あっという間に寝たきりになってしまいました。
父と息子が同時にそういう状態になって、高齢者介護の世界と、医療的ケア児の施設の世界、あっちに行け、こっちに行けという、いわゆる「ダブルケア」の状態が数年続いたんです。
2016年に息子が亡くなって、これまで作ってきたものを何か世の中の役に立てたいという思いを持ち続けて、2018年に「こうのふく」を立ち上げました。

――もともとアパレルのご経験があったわけではないんですよね。
全くないんです。アパレル関係の仕事をしたこともないし、洋裁も親が少しやっていたくらい。広島の高校を出て、食べることが好きだったので大阪の料理専門学校に行って、フランス料理店で働いたりしていました。その後はパソコンを売る会社に移って、大阪の日本橋とか、いわゆるオタクの聖地みたいなところで、IT関係の世界で長く仕事をしていて。30歳を過ぎて広島に帰ってきてからは、パソコンの講師をやったり。お洋服に関わることは全然なかったので、「こんな私が起業するって、どうしようかな」という感じだったんですけど、思いだけはすごくあったんです。
体が不自由な方々って、いろんなことを諦めていくんですよね。人のお世話にならないと生きていけないという引け目もあって、もっと輝いていい人たちが、着替えやすさ優先の、素材も良くない、だらっとした服ばかり着せられている。それを変えたいという思いで、広島市の支援などを使いながら起業しました。

理想の肌触りを求めてたどり着いた、自社開発ガーゼ
――一番最初に取り組んだのが素材だったそうですね。
そうです。「介護の思いやりから生まれたガーゼ」と最初に掲げているんですけど、体の調子が悪いときに肌に優しくて、着ていて楽なものって、やっぱりガーゼだったんです。息子の服もずっといろんな素材で作ってきましたが、ダブルガーゼが一番、洗っても乾きやすい。うちの子は脳の障害で体温調節が難しくて、暑いときはものすごく暑いし、寒いときは夏でもお布団をかけなきゃいけない子だったので、そういう意味でもガーゼは優れているんです。

ただ、市販のガーゼでいろいろ試作してみると、安いガーゼでは介護用には持たない。寝ている状態で体重がかかったまま、整えるために引っ張ったりするので、それだけで裂けてしまうんです。もっと柔らかくて、赤ちゃんを包みたくなるような肌触りで、なおかつ丈夫なもの。それを探して探して、いろんな人に「こんなのを作りたいんです」と言い続けていたら、ある方が「こんな生地あるよ」と教えてくださって。そこから兵庫県の播州織の機屋さんを紹介していただいて、オリジナルの生地が生まれました。
生地開発って、本当はユニクロさんのような大企業が巨額を投じて、何回も試作を重ねてやるような世界なんですよ。それを、人の縁でたどり着けたのは大きかったですね。
評価はされる。でも、売れない。ゼロからの市場開拓
――立ち上げてから10年目に入られたとのことですが、事業として軌道に乗せるまでは、どんな道のりだったのでしょうか。
立ち上げてすぐ、いろんなビジネスコンテストで賞をいただいたりして、社会課題の解決だとか、自分の経験から立ち上がった女性が頑張っているとか、評価だけは最初からすごくしていただけたんです。でも、実際に売っていこうとなったときからが、本当に茨の道で。
ニーズはめちゃくちゃあると思うんです。でも、そこにいくらお金を出すかという相場感が市場にない。パジャマのような介護衣料はあるし、「おしゃれな介護服を」とやろうとしている人たちもぱらぱらいたんだけど、誰かがすごく成功して、「着やすくて、おしゃれで、手頃なのはこれ」という答えが全然ない状態。完全にゼロからの開拓でした。

――どんな工夫をされてきたんですか?
まず最初に実用新案を取りました。寝たまま着替えられるように、表裏ひっくり返してもいいリバーシブルにして、片方の袖も脇も全部開くようにしたんです。片方を脱がせながら片方を着せて、体をこてんと反対側に向けたら、脱がせる分を外して、新しく着せる分は袖が開いてあるからそのままくるむ。寝たままのお着替えが格段に楽になります。
ただ、事業の回し方は理屈では分かっていても、目の前にいるお客さんたちに「これぐらいなら…」と言われると、「ですよね」って。利益がほとんどない状態でクラウドファンディングをやったりして、ある程度は売れていたんですけど、これは継続できないなと。自分には全然残らないし。
やっていくうちに「こうしたらいいかも」「こんなの作ったらいいよね」というアイデアはいっぱい浮かんでくるんだけど、試作品ひとつ作るにも開発費がかかるし、色やサイズの展開でお金は莫大にかかっていく。それで自分の稼ぎはない。「いやー、そりゃ誰もやらないな、これは」という感じでしたね(笑)。

――販売はどのようにされていたんですか?
障害児の親の全国組織に入っていたり、父がいろんな施設を転々とする中でケアマネさんに紹介したり。あとは全国の人に届くように、ECサイトをすぐ立ち上げました。でもECって、結局広告を出さないと見つけてもらえないじゃないですか。製品がまだちゃんとできあがっていない段階で、そこにすごくお金をかけてしまって。最初の頃は本当に失敗だらけで、恥ずかしいくらいです。
コロナ禍では介護施設にいきなり入れなくなったりもしましたけど、自社開発の生地をいっぱい持っていたので、マスクを作って、いっぱい売りました(笑)。何も知らないからこそ、その場その場で柔軟にやってきた感じです。
心がけていたのは、極力投資をしないこと。本当はお店が欲しかったんですけど、お店を持ったら固定費がすごいことになる。だからできる限り発信をして、ECでしっかり見てもらって、呼ばれたらとにかく荷物を抱えて行商みたいに行って、実物を見てもらう。泥臭いところからやってきました。

一人ひとりに寄り添う、「着る人と一緒に変化する服」
――コロナ後はいかがでしたか?
中国地域の女性ビジネスプランコンテスト「SOERU」で賞をいただき、そこからまた支援の輪が広がりました。その頃から量産ではなく受注生産で、一人ひとりに合わせたカスタマイズを始めたんです。介護の困りごとって、一つじゃないので。一点ものだから単価は上がるし、お客さんも減って厳しかったんですけど、その中でたどり着いたのが「インクルーシブファッション」でした。
ぱっと見は普通のお洋服。でも、指先が動かしにくい方にはボタンをマグネットに変えられて、袖の切り替えを開けばファスナーをつけて点滴をしたまま着替えられる。着ている途中からでも、体の変化に合わせて服のほうを変えていけるんです。「こういう状態になったら、この服」ではなくて。
生地も自社開発で、着れば着るほど肌なじみが良くなる。お母さんのために買った娘さんが「気持ちいいから私も着たい」と言ってくださったこともあって、「全部同じ服にして、誰でもカスタマイズできるようにしよう」という構想をずっと温めていました。
――そもそも、そういう服を買える場所自体がないんですね。
そうなんです。介護ショップにはパジャマや肌着や杖しか売っていなくて、お出かけ用のお洋服を買う市場自体がない。介護が必要な人にこそ上質なものがなくて、特に男性ものは本当にないんですよ。
頸椎損傷で寝たきりになったご主人のために、何年も注文してくださったお客様がいるんですが、あるとき「このピンクならうちの主人、着る」と、藤色がかった抑えたピンクを選んでくださって。男性でもきれいなピンクを、女性でも素敵なブルーを。そんな提案もしていきたいですね。
フラッグシップ「キルキセキ」誕生 ― そして生まれた新たな葛藤
――そのインクルーシブファッションが、「キルキセキ」につながっていくんですね。
はい。2025年2月にリリースして、第19回ひろしまグッドデザイン賞の特別賞をいただきました。アパレルで長く活躍された方がデザインとブランディングを手がけてくださって、やっと自分でも納得するものができたんです。
ただ「アパレルと勝負しよう」となったら、シャツが一着4万円になってしまった。着られる人がすごく減ってしまって、本当に届けたい人のために始めたはずなのに、自分はいったい誰の何を解決しているのかな、と根本から悩み始めました。
イオンさんのシニアケアに特化した事業部が「ぜひ広めましょう」と声をかけてくださったり、パリコレやミラノなど世界6都市でファッションショーを展開する組織から出展のお誘いをいただいたり、追い風もあったんです。ただ、そこにも莫大なお金がかかる。支援者を求めて必死にプレゼンをやればやるほど、困っている人たちから離れていくような感覚があって。近くに寄り添いたい思いと、大きくしなければ届かない思いの間で、ずっと葛藤していました。

手が届く価格へ。「コンフォートシリーズ」と広がる連携の輪
――その葛藤に、どう向き合われたんですか?
ちょうど広島県のアクセラレーションプログラムに採択していただいて、去年の8月から今年の2月まで、プロの方々のサポートを受けながら事業計画を徹底的にブラッシュアップしました。体はボロボロになりましたけど(笑)。
そこから生まれたのが「コンフォートシリーズ」です。形はキルキセキと同じで、生地を光沢加工なしの後染めのものに変えることで、4万円だったシャツが2万900円に。阪急百貨店のインクルーシブをテーマにした企画に持っていったら、ポンポンと売れたんです。「これだ!」と。
カスタマイズの部分は、元ユニクロの社員さんが立ち上げたお直しサービス「キヤスク」と連携します。障害児のお母さんたち――私もそうだったんですけど――が「キャスト」として登録して活躍されているサービスで、代表の前田さんに相談したら快諾してくださって。それから、独自の高機能不織布で特許を持つ会社の社長さんも全面的にバックアップしてくださっていて。やっと今から広がっていく、という感じになってきました。
「こうのふくを着せて、見送りました」
――活動を続ける中で、印象に残っている出来事はありますか?
介護度が高い方は、亡くなる方がやっぱり多いんです。うちの服を着てくださっていた方が亡くなると、ご家族が連絡をくださるんですよ。「いいお洋服で気持ちよく過ごさせていただいて、ありがとうございました」「何月何日に亡くなって、こうのふくのお洋服を着せて、見送りました」って。
私はただお洋服を販売させていただいただけなのに。旅立つときに着せていただいたと聞くと、これを始めて、やってきて、本当によかったなと思えるんです。

始めたら、辞めないこと
――最後に、同じように挑戦している方々へメッセージをお願いします。
やっぱり「始めたら辞めないこと」かなと思うんです。やってみたけど思っていたのと違って、形を変えざるを得ないことはもちろんあると思います。でも「誰かの何かを解決する」と一つ決めていることがあったら、形は変わっても、挑戦をやめずに続けていたら、何かしらになるんじゃないかなと。
たとえ会社が続けられなくなっても、やってきたことは必ず残って、絶対に自分の財産になる。無駄なことは何もないし、挑戦って、続けることだと思うんです。私も挑戦する人が大好きなので、応援したいと思います。
こうのふく/キルキセキ
介護の必要な方、着替えにお困りの方に向けた「寄り添い服」を展開する広島発のブランド。オリジナルの播州織ダブルガーゼを使い、着る人の体の変化に合わせてカスタマイズできるインクルーシブファッションを提案している。
- こうのふく 公式サイト:https://www.kounofuku.net/
- Instagram:@kounofuku
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